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高塚愛宕地蔵尊

高塚愛宕地蔵尊は奈良時代の天平十二年(西暦740年頃)に、僧の行基が聖武天皇の命を承けて築後の国を巡った帰路に当地を訪れたことに始まります。

高塚の里に着き、一心に地蔵菩薩を念じていた或る晩のこと、御神木として現在も残る銀杏の木の中辺に金色の光を放つ三個の玉を見たと言います。

行基は驚き、我が祈りが地蔵菩薩に届いたおしるしであろうと、なお一心に祈り続けました。

三個のうち、ひときわ光る一個は乳房の形をした宝珠でした。

霊地と感じたこの地で地蔵菩薩を彫り、里人たちに
『まことの心を持って宝珠、地蔵尊に祈願するなら広く万物は産み栄え、一切のご利益を与えられよう』
と説かれたのでした。

この後、銀杏の木は『乳銀杏』と呼ばれ、永い歴史の間、子宝を恵む、母乳を授ける、子どもの健やかな成長を叶えてくれる霊樹として人々の崇敬を集めてきました。

行基が没した後、天暦六年(西暦950年頃)にそのご遺徳を偲んだ里人たちが、大銀杏の傍らに小さなお堂を建立し、行基の彫った地蔵菩薩を祀ったのが高塚愛宕地蔵尊の始まりです。

現在も地蔵菩薩を本尊としながら、鳥居や鈴、天照大神の摂社等、神道と仏教の融合した神仏習合(混淆)の独特な形式を残す稀有な場となっています。

当初は子宝や乳の出のご利益が主でしたが、多くの方々の口伝てから病気平癒、学業成就(受験や試験)、商売繁盛など諸願成就の祈願所として信仰が広がり、他県からも多くの参拝者様が訪れてます。

行基ってどんな人

行基は奈良時代に活躍した僧侶であり、民衆救済と社会事業に生涯を捧げた人物です。
15歳で出家し、仏教の勉強に励んだ後、各地を旅しながら民衆に仏教を広める布教活動を行いました。
当初、その活動は朝廷から弾圧を受けましたが、行基の慈悲の心と献身的な活動は、次第に民衆から支持され、聖武天皇からも認められるようになりました。
行基は布教活動だけでなく、橋や池の建設、宿泊施設の提供など、多岐にわたる社会事業にも尽力し、人々の暮らしを支えました。
また、聖武天皇の依頼を受けて東大寺大仏建立の勧進にも成功し、大僧正に任命されました。
没後もその功績を称える人々によって、各地で行基を祀る寺院が建立されています。

信仰堂

高塚愛宕地蔵尊の御神木のそばで御神酒を中心とした酒販、御数珠、お線香・ろうそく、神棚・仏壇周りの神具仏具の販売をしております。

1950年代より地産商品の販売等をしておりましたが、1981年に法人化し、現在の小売りの形態となりました。

【昔ながらの変わらないこと】と【時代の変化に順応すること】を体現していき、

お客様に喜んでいただけるお店を目指してまいります。

《営業時間》8:00〜17:00
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